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蓄積されるものと、選別されるもの

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デジタル化、みたいなブログを昨日書いたので、そこから考えたことを。

先日Twitterでこんなやりとりをして。

衣食住のモノに関しては、蓄積された情報源が選択するキッカケと成り得る。ウェブサイトで言えば、食べログのような形で、ユーザーが評価をつけて口コミを書き、その蓄積によって、ユーザーが選択する。また、そのユーザーが、情報を蓄積させる。

ただ、それ以外のものを考えてみると、どうだろう。
これは、蓄積した情報では補えない部分であると思う。食に関して言えば、「おいしい」という共通の評価があるのに対して、それ以外、例えば図書館などを例にあげるのならば、評価基準はそれぞれ異なる。蔵書数が多い、静か、雰囲気がいい、おしゃれ、など。異なる評価基準がある場合は、蓄積型の情報は意味を成さない。

キュレーターという言葉を使っているので、元々の語源である美術館を例に出してもそうだ。
食べログ的な方法で、美術作品を決めて、それを展示させる。これは現実的には難しいことだが、超有名な作品ばかり集めても、その美術館の根本となるコンセプトだったり、が損なわれてしまうんじゃないかなと。

「みんなが良いと言っているから」
「あの人が良いと言っているから」

この違いでしょうか。

考えがまとまらないところで、これにて。